マイ愛すくりーむと申します。
一人称はアイスクリームです。


今回読んだ本は、自分を見ているようで非常にきっつい1冊だったが、逃げちゃいけない1冊でもありました。

はい、『「意識高い系」の研究』という1冊です。


1・読むべき人

世の中が不公平だと思っている人(ざっくりしているけど、そういう事だと思う)


2・「意識高い系」が生まれる背景

いわゆる「意識高い系」のことを揶揄したりネタにしたりするような本ではない。

『どうやって「意識高い系」が生まれるのか』を大真面目に検討した本です。
クッソしょうもないテーマをクッソ真面目に考えられるのは日本人の特権ですね、はい。


①土着している(例えば親の持ち家を相続するのが決まっている)

②スクールカーストの頂点にいた
のいずれかを満たせない人は「リア充」になれない。

→「リア充」になれなかった人は満たされない承認欲求を持て余す

→だが、自分個人の欲望ほど汚く醜いことも知っている。

→そこで社会性や政治性のあるテーマをかぶせて欲望を包み隠す

→『なんだかそれっぽいテーマ』の『なんだかそれっぽい集まり』に参加して『なんだかそれっぽい集合写真』をSNSにあげて自分が『なんだかそれっぽい人間』だあるかのような気分に浸るが、その実なにもしていない。

↑これが「意識高い系」なんだそうです。


3・「リア充」は生まれ育ちである

本書に従うなら、「リア充になれるか否かは高校生までの人生で決まる」という、めっちゃ残酷な話になる。

さらに残酷なのは「高校生までの人生ってコントロール不可な部分がめっちゃ多い」という現実です。


生まれた土地でそのまま育つ、というのは全くコントロールできない。
親が転勤すれば一発アウト、地元との縁がブッチリと断たれる。


スクールカーストで上位になれるかどうか。
これはコントロールできる部分とできない部分がある。

部活の選択、見た目のケア、コミュ力の鍛錬、バイト先の選定はコントロール可能。
親の財力、教育方針、遺伝子(顔だちや才能)はコントロール不可能。

自助努力で底辺を回避できるかもしれないが、頂点に立てるかどうかは半分運のような気がしている。


4・「意識高い系」のままでは一生「リア充」に勝てない、というか相手にされない

アイスクリームも、何回かは「本物のリア充」と会ったことがある(ヤツらの身上を具体的に書いちゃうと身バレのリスクがあるくらい本物)。

上京にあたり親からマンションの一室を買ってもらったとか、
恋人とのデート代は親のクレジットカードだとか、
会社の給料が足りないので追加でお小遣いもらっているとか、

なんか、色々と意欲をなくすよね。


目の前にしてしてみるとわかるんだけど、こういう本物って恵まれ方も本物だから、「意識高い系」が外側だけ真似しても到底かなわないし、偽物だってバレバレなんですよね。


多分、「意識高い系」の世界観ってこんな感じで、

キャプチャ①

リア充をうらやましいと思い、その外側だけ真似して一般人から脱却しようとしているんだよね。


だけど、当のリア充の世界観って、おそらくこんなん。



キャプチャ②

この世界観のズレが「意識高い系」のイタさなんだということ。



5・つまり、どーすりゃいいのか

本書の主張は「生半可な努力じゃリア充に勝てない。だから中途半端に真似して自己満足に浸るんじゃなくてガチの努力をしようぜお前ら」ってこと。

だが、努力も才能なのであるからして、頑張れない人は頑張れないなりに幸せの落としどころを模索するしかないよなー、と思った。


ちなみになんだけど、土着できなくて、青春時代もしくじって、かといってリア充を超える戦いに身を投じるでもなく、かといって意識高い系にもならなかった人が『あの子の考えることは変』の巡谷と日田なんだろうな、と思った。


親になる人、かつ決して裕福ではない人は、せめて土着した方がいいかもしんないですね。

子供に資産を残せないならせめて地域との絆を残してあげましょう。



6・まとめると

世の中って不公平